伊豆半島自転車見聞録

2003年11/16から2週間ほど仕事があいたので、紀伊半島を一周する為に西川口の自宅を自転車で飛び出したのはよかったのだが、全くもって今回の旅はトラブル続きだった。

まず初日から、いきなり右ひざの調子が悪くなり、全くこげないほどの激痛がはしる。厚木までなんとか漕ぎ、東名健康センターに宿泊。
2日目、少しましになっていたので走り出したのはよいけど、10キロも走ると初日よりもひどい激痛がはしり、やむおえず通りがかりの接骨院に飛び込み、徹底したアイシングと、少し歩く事を勧められる。伊勢原市の運動公園にテントをはる。
3日目、沈澱しながらアイシングをしたり散歩をしたりして過ごす。同じく伊勢原の運動公園に連泊。
この日の晩、こんどは風邪を引いて熱を出してしまい、持っていた抗生物質を飲む。
テントが公園事務員にばれ、立ち退きを要求されるが(こういうケースは結構珍しい)、事情を説明し、次の日の朝まではいさせてもらえる事になる。
4日目の朝、熱はなんとか下がったので、沼津に向け出発、脚はなんと完治!!、通りがかりの内科に飛び込み診察を受け、薬を処方され、注射をしてもらう。
御殿場を経由し(つまり箱根越えを避けた)沼津に到着。千本浜公園にテントをはる。
その日の晩、貰った薬をのみ、ほんの少しだけ梅酒を飲んで寝たのだが、何と夜中に呼吸困難に陥り、雨の中転げ回る。
どうやら、咳止めのリン酸コデインとアルコールが反応したみたいだが、本当に死ぬと思った。
5日目も雨だった事もあり、千本浜公園で沈澱。
この先の進退を考え、紀伊半島を目指す事は、時間的にも体調的にも無理だ、と判断し、帰路に付く事にした。ただし、伊豆半島をまわって・・・。

計算違いだったのは伊豆半島が想像以上に険しかった事と、南下する時には南から、北上する時には北から風が吹いた事だ・・・。
ここまで向い風にやられた事は今までのチャリ旅史上初めての経験だった。
余りの強風で漕ぐ事を諦め沈澱、 テントをはる事も危険であると判断し、宿に宿泊した日もあった(伊豆の白浜にて。料理が最高でした。
故に、2、3日で一周回って埼玉に帰る予定が、結局休暇のすべてを使い果たしてしまう事になったのだ。

伊豆白浜を望む展望台から。雨風大変でした。



自転車の旅において最も難しい事は自転車を漕ぐ事、ではない。
こういった、予測出来ないトラブルが起こる事も見越して、どういうプランをたてるか、という事だと思う。
実行はそれほど困難ではない。
逆にいうと、実行が困難であるようなプランを立てなければよいという事にもなる。

今回は、僕がチャリ旅中どのような生活を送っているか、ちょっとしたノウハウのようなものを書こうと思う。

とはいえ、僕の積んだ自転車経験値は、ジャズでいうならば大学のジャズ研の1、2年生のレベルであろう。
もしくは、それ以下か・・・。

であるがゆえに口はぼったい事は書くまい。

あ、そうなの?程度に読んでもらえたらと思う。

 

自転車の旅、と一口にいってもそれは千差万別で、100人いたら100通りのやり方があると思う。
単純に、ロードレーサーとマウンテンバイクとでは同じ自転車でもまるで違う。
今回の伊豆半島一周中に、空荷のロードレーサーで旅している若者に出会った。
その人は、埼玉県越谷から自走で、3日間で伊豆半島を一周して帰るというプランだった。
それはほぼ僕と同じルートを通っての旅である(逆回りだが)。
しかしそのプランは僕の自転車と装備では絶対に不可能だ。
その人は積み荷はほとんどなく、宿泊をホテルで、食事はレストランかコンビニで済ますとのことであった。
僕は宿泊はテントで、食事は自炊する。
どちらがいいも悪いもない。
旅の性質が異なるだけである。
ただ、ロングの旅になればなるほど、空荷で、レストラン食とホテル宿泊を続ければ、間違いなくお金はたくさんかかる。
少なくとも、1日1万はかかるだろう。
2、3日なら可能だろうが、僕にはその旅を1週間続ける経済力はない。
だから、嫌だけど重い荷物を運んでの旅となる。
だけど、重い荷物を運んでこそ旅、の感覚もあると思う。
平たくいえば、荷物を運んだほうがより旅っぽい雰囲気が出ると思う。
どちらかというと空荷のロードでの旅はスポーツの延長線上にあるのではないか?と思う。

ともかく、今の所僕は、重い荷物を運んでの旅を選んでいる。

余りのトラブルが続く為、石廊崎で購入した天狗の魔よけ。今後は連れていきます。

どういうチャリ旅をするかはともかくとして、自転車の旅の最大の良さ、というのはなんといっても空気感を味わえる事だと思う。
車の旅では絶対に味わえない部分だ。
バイクの旅はどうか?バイクの旅人にはよく会うが、バイクなら自転車ほどではないにせよ空気感は味わう事はできるだろう。
だけど、バイク自身のエンジン音によって、自然の中のサウンドを味わう事は出来ない。
自転車の旅は五感のすべてを使って自然を感じる事ができるからやめられない。

 

それにしても今回の旅のトラブルには参った!!
今までにも膝が痛くなった事はあった。
しかしそれは初チャリ旅で、真冬の琵琶湖を、雪の中漕ぐ、という苛酷な旅の最中であった。
かかった接骨院は自転車のトラブルの顧客も抱える 専門的な所で、氷のうによる徹底したアイシングを勧められたのだが、飛び上がるほど冷たい!!
いや、冷たすぎて痛い!!
最初の10分は悶え苦しむぐらい痛冷たいのだが、そのうちなれてきて気持ちよくなってくる。
アイシングに、やり過ぎ、というのはないのだそうだ。
僕は1日2時間のアイシングを2日間行って漕げる足に戻った。

病気にも困った。
軽い風邪だったのだろうけど、病の身に11月末のテント生活は厳しい。
心もとても不安にかられる。
なんとか熱が下がり、一応は漕げる体調に戻った時は、本当に自転車を漕げる喜びを感じた。

結局3泊した千本浜公園。お世話になりました。

車と違い自転車は燃料を補給する必要はない。
そのかわり、しっかりとした食事をする必要がある。
特に炭水化物とタンパク質の摂取に気を使う。
炭水化物は、車でいえばガソリンだ。
タンパク質は、自転車を漕ぐ為の筋肉になる。
朝食は、前の日にあえて多めにたいた米で雑炊を作ってそれを食べる。
それとできればにんにくを食べたい。
にんにくには炭水化物を効率良く燃焼させる効果があるように思う。
僕は、自家製にんにく味噌を旅に持っていく事にしている。
作り方は、信州味噌のような味噌にすりおろしたにんにく、砂糖かはちみつ、みりんをまぜて2、3日おくだけである。
それを食べて午前中は乗り切り、昼御飯はマカロニをレトルトのカレールーなどで食べる。
塩漬けにしたキャベツをマカロニを湯がく時に入れてもよい。
勿論それも自家製だ。
作り方は簡単。適当に切ったキャベツをジプロックに入れ、少し塩を振り、寝る時にマットの下に入れておくだけである。
マカロニを食べる理由として、早煮えタイプのものなら米をたく半分の時間で出来上がるからだ。
特にこの季節、日が出ている時間は短い。
なるべく飯の時間を短縮して漕ぐ時間を増やしたい。
そのかわり晩は少しゴージャスにタンパク質をとる。
今回の旅では

・豚肉焼肉
・すき焼き
・豆乳鍋

を食べた。
ぶた焼肉は、ぶたを焼いてそれを醤油と前述のにんにく味噌で食べるだけのシンプルなメニューである。
付け合わせの野菜はキャベツ。
すき焼きは、牛の切り落しを割り下で煮て食べる。
野菜はキャベツのみ。
豆乳鍋はとうふ、豚肉の切り落とし、エノキという具でやる。
豆乳に顆粒のだし(今は無添加の質のよい顆粒のだしの元が売っている)をといたもので煮るのだが、これの雑炊が美味極まる!!
勿論、雑炊は次の日の朝食べる。
夜にはたくさんの炭水化物はとらない。
あと、米を効率良く食べる為のアイテム(なめこ、振りかけ、梅干し、等)を用意する。
この際の注意点は、なめこ等瓶のまま持ち歩くと重いので、全てジプロックに移しかえる。
ジプロックはAクラス必需品だと思う。
荷物の軽量化は本当に重要な課題だ。

食器はコッヘルという旅用の簡易食器を使うのだが、これは大体2、3個の鍋が一つの鍋の中に収納出来るようなもので、まあいうなれば取っ手のとれるティファールのちゃちいやつである。
素材には、ステンレスのもの、アルミ製、ちょっと高級にチタンのものがあるが、僕はアルミのものを今回購入した。
アルミのメリットはなんといっても軽いのと、値段的に安い!!
チタンはよいけど、高いし、ステンレスは重い。
ただ、アルミ食器は中に入れた料理がさめるのが早いというデメリットがある。
米は飯ごうで炊く。
丙式飯ごうという、いわゆる飯ごうらしい形の飯ごうを使っているが、自転車用には丸型の飯ごうのほうが持ち運びやすいようにも思う。
丙式飯ごうはおそらく、軍用の背嚢などに入れやすい形なのだろう。

コンロ(のことをストーブという)は僕は、いわゆる家庭用のガスボンベが使えるタイプのものを使用している。
日本国内で、自転車サイクリングで使う分にはこれで十分だと思う。
登山等で、もっと標高が高い所で使うには、寒冷地用のガスボンベが使えるタイプのものが必要なのだろうが。

いつもはそのコンロで米を炊くのだが、海岸等でたき火ができる時にはたき火で炊く事もある。
たき火で焚くと米は飛躍的に美味しくなる。
遠赤外線効果なのだろうか?
ちなみに僕は家でも米を鍋で、ガス火で焚く。
そのほうが炊飯器で焚くより遥かに美味しいからだ。
炊き方は簡単、最初の5分を弱火で、次の4、5分を強火で、その次の4、5分を弱火で焚くだけだ。
もちろん、こげのにおいや、ぴちぴち音を確認しながら焚くが、誰でも1、2度の失敗で美味しい米を焚く事ができるようになる。
また、炊飯器より遥かに早い時間で焚く事ができる。

今回の旅から、新しいアイテムとして小さいやかんを持ち歩く事にした。
休憩の時にお茶を湧かして飲むのだが、非常な優れものだった。
自転車を漕ぐと真冬でも暑くなって冷たい飲み物を飲んでしまいそうになる。
漕いでいる時はそれでもよいが、休憩中に冷たい飲み物を飲むと、一発でからだが冷えてしまいよくない。

左より、マグカップ、やかん、コッヘル、飯盒。


11月のアウトドアでの宿泊は寒いのではないか?と思われる方もいるでしょう。
テントの中は意外にも暖かく、又、ちゃんとした寝袋を用意すると大体は誰でも問題なく眠れる。
ちなみに僕はモンベルの#2というクラスの寝袋を使っているが、以前真冬の琵琶湖で野宿(テント無し)をしなくてはならぬ事になっだのだが、まあなんとか眠れる、というレベルのものだ。
風邪さえひいていなければ、今回の旅でも野宿は可能だっただろう。

寝袋は、少し暑いぐらいのものを用意するほうがよいとおもう。
ぼくの使っているモンベル#2は、11月のテントなら暑いぐらいの防寒性能だ。
しかし 暑ければ寝袋のチャックを開ければよいのだから。
実際、そうやって使っている。

あるウェブで読んだのだが、モンベル#0(ヒマラヤでも使えるもの。数字が下がれば下がるほど防寒性能は上がる)は-10℃でパンツ一枚で眠れるそうだ。
優れものだ・・・。
分厚くてかさ張るだろうけど・・・。
要するに、ウェイトと居住性のせめぎ合いなわけで、しかし#0と#2なら変わって500グラムの違いではなかろうかと思う。
ただ、その500グラムの重さの違いが、峠越えでは厳しくこたえる。

衣類等はほとんどをユニクロで揃える事にしている。
今、ユニクロでは速乾素材のTシャツ、発熱効果のあるインナー等、何年か前にはアウトドアショップで何千円もしたものが千円ぐらいの値段で手に入れる事ができる。
勿論、性能でいえば専門店のそれにくらべれば劣るのだろうが、チャリ旅には十分だと思う。
ただ、靴だけはこだわっている。
とはいえ、サイクリング用の靴、という意味ではない。
僕は、少しぐらい漕ぎにくてもゴアテックスのトレッキングシューズを履く。
安いものではホーキンスのものが1万前後で買える。
雨の日の過ごしやすさは尋常ではない。
しかし欲しいのだが雨具はゴアのものはもっていない。
値段が、僕の仕事で着るオシャレなジャケット等と比べても高価だし、どうせよごれるものだし、雨具は雨の時以外にもウィンドブレーカー代わりに使うので、結構痛みが激しい。
勿体無いので、ゴアほどではない、まあまあ通湿性のある雨具(8000円ほどのやつ。ゴアなら2万は下らない。という事は、僕が仕事で着ている服は2万はしないということ・・・)をつかっている。
ゴアはよいらしいけどね。いつか買ってやる!!

 

気温は標高でかなり変わる。
予定していなかったのだが、一日余分な時間ができたので、熱海方面から箱根峠を越え、沼津に戻るルートをとったのだが、箱根峠は既に真冬の気温だった(標高900前後で気温は6℃だったかな。沼津の気温は12、3℃だったように思う)。
上りはまあよかったのだが、沼津方面に約20キロの下りを下る為に、もっていたすべての防寒具を身につけて下った。

戸田(ヘだ)村から土居町に至る海岸線。碧の丘という展望台から望む景色。

当初紀伊半島を一周回る予定だったので、伊豆半島のリサーチは全くしておらず、伊豆半島があれほど険しい道の連続であるとは思いもしなかった。
一周中普通の平地部分は2割に未たないと思う。
特に西側部分は、集落と集落の間は全て大なり小なり峠道になっていた。
集落と集落が峠により分断されているのだ。
というより伊豆半島の海岸線はほとんどが断崖絶壁の険しい海岸線で、その中に存在するほんの少しの平地部分に  集落が発達していったのだろう。
しかし、地図の等高線を跨ぐほどの標高差がある峠もそうないので、地図を読む事によってどの程度の峠なのか想像するのが難しい。
日がくれかけているので、この峠を越えた次の集落でキャンプの場所を探そうと、 登りはじめて、日がくれてしまった事が一日だけあった。
日がくれてからキャンプ場所を探すのは難しい。
テントを張る場所は人目につかない場所が相応しく、そういう場所は大体暗い。
それに、田舎の夜は本当に暗い。
夜中でも明るい都会の夜とは大違いだ。
故にチャリ旅のベストシーズンは春なのだ。
春は、気温は秋と同じでも日の長さが全然違うからだ。
今回は、4時になったらキャンプ場所を探しながら前進した。
良い場所が見つかり次第テントをはる。

実は恥ずかしながら今まで数えきれないほどテント生活を送っていたのに、テントにペグを打つ必要性を理解出来ず、いつもペグなしで設営していた。
今どきのテントは、2本の支柱をクロスさせて立てるドーム型のテントが普通だ。
これはペグを打たなくてもテント自体が自立するので、ペグはテントをたてる為には必要無い。
風が吹いた時にテントが飛ばない為にペグは必要だが、テントの中には荷物もはいるし人間もはいるので、もしその状態でテントが飛ぶ程の風が吹いたのではペグを打ってたとしても無駄であろう。
今回の旅で、というか、前回の青森の旅ではじめてペグの必要性を体験する事が出来た。

では何の為にペグを打つのかというと
1 ペグでテントの4角を引っ張って立てると、テントの底面積が広くなり、居住性が良くなる。
2 フライシートをペグで引っ張って張る事により、雨が振った時テント内へ水がしみたり、浸水したりするのを防ぐ事が出来る。
3 風が吹いた時にテントの下に風が入り込む事を防ぐ。テントの下に風がはいると、テントのポールのきしみが激しくなり、ポールが折れたり曲がったりする恐れがある。

というのがペグを打つ必要性である。
ペグをきちんと打って立てたテントはとても住みやすく、安心感がある。
もともとのアウトドアマンでもなんでもない僕は、そんな事すら知らずにチャリ旅続けていたのだ。
登山家が聞いたら大笑いであろう。

このように、僕は自転車の旅やアウトドアの事をよく知っているわけではないし、どんなに漕いでもへこたれない強靱な体力があるわけでもない。
ただ、好奇心が旺盛なだけである。
失敗が経験となり、成長していく。
日本でチャリ旅をしている限りは、交通事故にあわない限り、死ぬ事はないだろう。
トラブルはむしろありがたく思わなければ。
たかがパンク修理一つでも、パンクしない事には経験出来ないのだから。
かくいうパンク修理でも、ゴムパッチを裏表逆にはっていたことについ最近まで気付かなかった・・・。
逆でも修理は可能だが、パッチの接着にとても時間がかかる。

トラブルを乗り越えた時、確実に自分の経験値は上がる。
それは、自分自身の財産になる。
本当に辛い峠越えをしたとき、上りの最中は、一体何の為に登っているのだろう、 と思う。
しかし、登り終わった時にその峠は自分にとっての勲章になるのだ。

人生というやつも同じようなものかもしれない。
それについて語れる何程も、僕は経験したわけではないが。

僕のチャリ旅はまだまだ続く。





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